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台湾沖縄透かし彫り

沖縄を歩いていると、台湾のことを感じることがあります。とりわけ、石垣島などの八重山地方では、そのまんまの台湾に出会ってしまうこともあります。では、台湾へ行ったらどうでしょう。やはり、沖縄を感じることがあり、かつて石垣島から移り住んでいった人たちと足跡を見付けることもあります。だけどそれは、薄皮を一枚剥いだようなところに隠れていることがほとんどなのです。

 沖縄を歩いていると、台湾のことを感じることがあります。とりわけ、石垣島などの八重山地方では、そのまんまの台湾に出会ってしまうこともあります。では、台湾へ行ったらどうでしょう。やはり、沖縄を感じることがありますし、石垣島の痕跡を見付けることもあります。だけどそれは、薄皮を一枚剥いだようなところに隠れていることがほとんどなのです。深く掘りすぎると、原形をとどめなくなってしまうかもしれませんね。元の姿をとどめつつ、だけど、内側に潜むものもちゃんと見える。そんな透かし彫りの方法で、台湾と沖縄を見ていきましょう。   松田良孝のページ | Facebookページも宣伝

沖縄

桜の季節にネコ

ネコの爪 桜の季節に与儀公園を訪れることができました。 いつものように、機関車のそばまで行ってネコどもにあいさつ。 不愛想な 愛想のないネズミ色のネコが金網の向こうから手を伸ばしてきたので、何かなと思ってそのままカメラを構えていたら、だれあろ…

退役の倉

葉タバコの乾燥施設 平屋が目立つ集落だけに、2階建て相当の高さを持つ三角屋根の倉は目立つといえば目立つ存在だ。来間島に初めて宿を取り、2泊3日の時間を過ごすという経験をしてみて気付いた風景である。 かつては中で薪を燃やし、収穫した葉タバコを乾燥…

曽根春子さん宅の旧正月

家屋敷の神へ 旧暦の大晦日に当たる2016年2月7日、石垣市平得に住む台湾人の曽根春子さん(1941年生)宅では、ご自宅の出入り口の真正面に豚足や卵などの煮物と線香、白いご飯を供えていた。家屋敷の神様へのお供えなのだそうである。 筆者が訪問したのは午…

歩道にコウモリ

震えていた 午前の日課を済ませるために道を歩いていると、歩道にへばりつくようにしてヤエヤマオオコウモリとおぼしきコウモリがいた。手から血を流していて、満足に動けずいる。近づいてみると、ぶるぶる震えだした。命を取られると思って焦っていたのかも…

台湾ラミゴ、石垣上陸へ

ロッテと交流戦 2015年12月、桃園国際空港に到着後、台湾新幹線の桃園駅に向かって台南へ行こうとしていたところ、たまたま目について撮った写真が台湾のプロ野球チーム、ラミゴモンキーズの選手たちを大写しにしたものであった。 2016年2月13、14日に石垣…

森と水の碑

石垣島・星野のモニュメント 石垣島の移民地区のひとつ、星野地区。 1950年に大宜味村の人々が入植して村をつくったこの集落は国道390号のそばにあるのですが、そこから東へ入っていくと、かつては亜熱帯の密林であったであろう山の斜面にはキビ畑やパイン畑…

トイレと電話ボックスに共通しているものとは

パイナップル 石垣島の伊野田公民館にあるトイレを見ていて、西表島の住吉公民館にある電話ボックスを思い出した。どちらもパイナップルの形をしていて、伊野田ではパインを横にしてくり抜いたところにトイレを設置し、住吉では縦にしたパインの腹のところに…

ふたつの「沖縄人」

小学5年生で台湾へ 2016年1月18日に亡くなった石垣英和さんへの追悼として、英和さんのライフヒストリーに触れておきたい。ご紹介するのは2007年3月に台湾とのかかわりについてお尋ねしたインタビューに基づくものでる。 石垣島字石垣出身の英和さんは石…

問いをはらむ証明書

石垣英和さん、ご逝去 戦後、台湾にいた八重山の人たちはどのようにして故郷に戻ってきたのか。この問いを考えるうえで、とても大切な資料を提供してくださったのが石垣英和さん。植民地統治が終わった直後の台湾で発足した沖縄出身者の組織「台湾沖縄同郷会…

石垣島からの疎開・員林(3)

疎開先を転々 石垣島の中心市街地出身のUさん(1934年生)は、台湾に疎開した後、次々に疎開先を変えていったという経験の持ち主である。アジア太平洋戦争末期に、八重山など沖縄の各地に向けて行われた疎開では、最初に腰を落ち着けた疎開先から別の場所へ…

こっちも選挙

蘇澳グルメコンテスト 2016年1月16日に台湾総統選は終わったが、こちらでは現在も「投票」が続いている。 石垣市の姉妹都市、蘇澳鎮がグルメコンテストを実施中だ。人気投票と専門家の評価によって屋台(小吃)やレストランの上位5軒をランキングする取り…

八重山の台湾人のルーツ・員林(1)

パインの風景 八重山台湾親善交流協会が彰化県員林鎮で八重山芸能の公演を開催したのは、員林周辺から八重山へわたってきた台湾の人たちが少なくないということがきっかけなのだけれども、そもそも論を言えば、パイナップルが台湾と八重山の仲立ちをしてくれ…

台湾北部で魚が「4分の1」に

水産資源が急減 tw.news.yahoo.com 台湾北部の海域でこの30年間に魚の種類が4分の1に激減したというニュースが報じられた。台湾のネットニュース「聯合新聞網」が2016年1月3日、基隆発のニュースとしてアップした。ニュースは専門家のコメントとして「台…

安本千夏著「島の手仕事」(南山舎)に沖縄タイムス出版文化賞

春から縁起がいい 安本千夏さんのご著書「島の手仕事」(南山舎)が第36回沖縄タイムス出版文化賞を獲得することが決まった。2016年1月6日付の「沖縄タイムス」が1面の社告で公表した。ご著書の件は2015年11月5日にFBにアップしていたが、「これはいける…

Wi-Fi環境の喫茶店(那覇市久茂地)

チョコがセットで652円 八重山商工高校野球部が2005年に春夏連続で甲子園出場を果たした時、その練習会場へ行こうとしてカメラを担いで尼崎を歩いていた時、甘い香りが漂うエリアがあった。大きな建物のある敷地に行きついたところ、「エーデルワイス」…

原稿が進んだ

水先案内 少しだけ原稿を書きたいなと思ってアーケード街を歩いていたら、かなり遠くから鳥の鳴き声が響いていて、いったいなんだと思って近づいていってみると、喫茶店があった。ピーピーと甲高い声で鳴き続けているその白い鳥の名前を店の方にうかがうと、…

タマネギの丸焼き

瑞々しさを封じ込める 料理人の目の前にあるカウンター席に座ることができたおかげで、注文のメニューをつくりあげていく手さばきを拝見することができた。見ているうちに食べてみたくなって注文したのはタマネギの丸焼き。タマネギを一つ丸ごとローストして…

林百貨がリニューアル(2)

八重山関係者が暮らす 筆者が林百貨を意識するようになったのは、日本が台湾を統治していたころ、この近くに八重山関係者が暮らしていたということが大きい。 林百貨のすぐ南側の十字路には石垣島出身の産婦人科医、玻座真里芳(はざま・りほう)がハザマ医…

林百貨がリニューアル(1)

数え年 ↑2011年7月 ↑2007年9月 台南にある林百貨がリニューアルしたと聞き、わくわくしながら行ってみた。なにせ、植民地台湾で台北の菊元と並び称されたデパートである。2011年7月に訪れたときは、建物の外側を覆うように足場が組まれていたので、何かある…

MITの暦

ポイントは旧暦 このところ、翌年の暦が売り出されるタイミングで台湾を訪れるチャンスに恵まれていて、MIT(made in Taiwan)の暦を手に入れることができている。日本など海外から入ってくる暦もまだまだ多いが、台湾製の暦も増えているように思う。 2014年…

どこから来たの?

八重山に定着 かつて台湾の人たちが石垣島など八重山に連れてきた水牛。今では八重山の観光を象徴するモチーフとなり、あたかも、もともと八重山にいたかのような顔をして歩いている。それほどまでに定着し、竹富島や西表島・由布島で水牛車として活躍してい…

台湾のオリオンビール

高いか安いか 台北の延平北路三段にあるファミリーマートでオリオンビールが売られていた。話には聞いていたが、ようやく現認した。 350ミリリットル缶が49元。日本円にすると、180円ほど。この値段は安くもなく高くもなくということになるが、写真の上段に…

来年は51年

JTA機にヤマネコ発見50年のステッカー JTAに乗ったら、入り口の右側にイリオモテヤマネコの発見50年を記念したステッカーが張ってあった。報道によると、2015年12月19日から来年3月31日まで、同社が保有するボーイング737―400型機9機で実施するとのこと。 …

台湾のTV局が、八重山の台湾人で番組

www.youtube.com 台湾のテレビ局、民視の「台灣演義」というプログラムで「八重山 台灣移民血涙史」という番組が放送されました。石垣島や西表島など沖縄の八重山地方に住む台湾系の人たちを取り上げています。2015年12月20日の放送で、Youtubeで視聴するこ…

短命の図書館があった

「琉球政府立医学図書館」という看板 牧志の路地を歩いていたところ、「アンティークショップしんあい」という店に「琉球政府立医学図書館」という看板が置いてあるのを見付けた。説明もなく、とんっと店先に置かれている景色が誠に素朴である。 調べてみる…

六甲と嘉南大圳

水路に架かる橋のそば その場所は県道に沿った郊外にあり、自動車はたまに走ってくる程度。去っていくと、静けさが戻ってくる。家はぽつんぽつんとしか見えない。 映画「KANO」に取り上げられたことであらためて関心を呼んでいる台湾の大規模灌漑施設「嘉南…

今回は軟骨ソーキそば

350円 沖縄県公文書館へ行ったときに昼飯を世話になっているお店。那覇バスの新川営業所にある。今回は軟骨ソーキそばにしてみた。350円。 なるべくバス 意地を張っているわけではないが、なるべくタクシーには乗らず、バスを利用するようにしているので、移…

所蔵資料展「戦後の援護」

バスに乗るときには注意 沖縄県公文書館へ向かっていたとき、安里のバス停で乗り換えようとして右往左往してしまった。市外線から市内線に乗り継ぐときに起きたもので、同じ名前のバス停でも市内線と市外線とでは違う場所に停留所が立っているという、ありが…

沖縄満洲会編『沖縄・それぞれの満洲』

不完全燃焼に光明 八重山と旧満州(現在の中国東北部)のかかわりを初めて意識したのは2011年12月のこと。沖縄本島の石川から石垣島に移り住んできた男性のライフヒストリーをうかがっていて、満蒙開拓で中国大陸に渡ってから徴兵され、戦後はシベリアで抑留…

電気屋さんが店を閉じることになった。

ミゼットのそば 三輪のミゼットにレンズを向けてみたところ、そこは居酒屋になっていて、壁に「歡迎光臨台灣」とありました。日の丸と中華民国旗らしきイラストも付いています。浮島通りで出会った風景です。 浮島通りは要チェックの場所だと思う。ちょっと…

西武鉄道と台湾鉄路管理局

製糖鉄道と軽便? 日本と台湾の間で鉄道会社が協定を結んでいる話は聞いていたが、実際に目撃したのは初めてのこと。西武池袋駅での一コマ。 台湾と沖縄でも何かできないかな。 製糖鉄道と軽便とか。

台湾石垣-行きつ戻りつ 嵩本安意さん(8)

第1回はこちら。 引く手あまた 嵩本安意(たけもと・あんい)さんら一家が疎開した地域は農村地帯で、田植えが行われることもあった。母親の伸さんは、出身地の石垣島字新川で農業していただけに、手伝いに呼ばれると楽々と苗を植えていった。その手際は現…

台湾石垣-行きつ戻りつ 嵩本安意さん(7)

第1回はこちら。 台中へ移動 第二の疎開先となった台中へは汽車で行った。上奎府(かみけふ)町の自宅から天母へ移動するときは嵩本伸さん=石垣市字新川出身=が荷物を頭に載せて運んだりもした(連載5参照)が、台中へ行くとなるとそうはいかない。伸さ…

台湾石垣-行きつ戻りつ 嵩本安意さん(6)

第1回はこちら。 着物で物々交換 嵩本安意(たけもと・あんい)さんの母、伸さん=石垣市字新川出身=が結婚前、台北の歯科医に奉公していたことがあり、石垣島へ戻るときに何枚もの着物をもらったことはこの連載の(1)で書いた。 疎開先の天母ではこの着…

台湾石垣-行きつ戻りつ 嵩本安意さん(5)

第1回はこちら。 防空訓練 1944年4月に建成国民学校の1年生になった嵩本安意(たけもと・あんい)さん=石垣市字新川出身=は、母、伸さんが防空訓練でバケツリレーをしていたことを覚えている。火が付いて燃えていると想定した家を決め、はしごを運んで走…

八堵 地味で大事な存在

ネコ村へのアクセス ネコ村のある侯硐(猴硐、ほうとん)へ行く時、八堵(はっと)という駅から行ってみたことがある。日本の江ノ電との交流で話題になった平溪線の一日乗車券を、八堵では買うことができ、私はそれを買ってからまずネコ村に向かい、そこから…

台湾のコーヒーと沖縄のパン

オキコが台湾“参入” www.okinawatimes.co.jp 沖縄県内のパン製造大手、オキコ(西原町、仲田龍男社長)が台湾ファミリーマート(葉榮廷董事長、全家便利商店)との共同出資で台湾に合弁会社を設立し、台湾ファミマにパンを供給することになった。「沖縄タイ…

台湾石垣-行きつ戻りつ 嵩本安意さん(4)

第1回はこちら。 ゆかりの地でアート もともと芸術を語る言葉など持っていない私に、アートに触れるきっかけを与えてくれたのは台湾だと思っている。石垣島など八重山の人たちとゆかりのある場所を歩いてみると、そこがアートやデザインとかかわりの深い場…

横断歩道を渡っていた。

こんなのがいるのですね。 「沖縄おもろおばけ屋敷」のキャラクター「まじむー」。

テーマは密貿易 与那国であす(4日)講演

DiDi与那国交流館 与那国島歴史文化交流資料館「DiDi与那国交流館」のプレオープン企画第2弾が2015年12月4日午後7時から与那国町保健センター大ホールで開かれます。小池康仁さん(法政大学沖縄文化研究所)が「『密貿易』に集まるヒトとモノ」をテーマに…

台湾石垣-行きつ戻りつ 嵩本安意さん(3)

第1回はこちら。 転職 石垣市新川出身の嵩本(たけもと)さん一家は1939年6月、基隆から台北に移る。安意(あんい)さんが1歳半のときのことである。父、正宜(せいぎ)さんは13年近く勤めた徳丸質屋を辞め、台北で郵便保険の募集をすることになったのだ…

池間苗さんがカジマヤー

さすが 池間苗さんが数え97歳のカジマヤーを迎え、その記念に、与那国町にある小学校と中学校に図書購入費を寄付したという記事が掲載されていました。この記事を読んで、さすが池間さんだと思わずにいられませんでした。 与那国民俗資料館 私が池間さんから…

おどおどするなら、出てこなければいいのに。

小さな折り畳み椅子の下では、身を隠した気分に離れなかったのでしょう。終始おどおどしていました、このネコは。すぐ目の前は商店街。人通りも、車の往来も、けっこうある場所なのです。

台湾石垣-行きつ戻りつ 嵩本安意さん(2)

第1回はこちら。 獅球嶺から港を一望 私が基隆に行ったのは最近では2015年4月のことだが、そのときはちょうど、新しい駅舎が姿を現しつつあった。台湾での報道によると、この新しい駅は2015年6月29日にすでに使用が開始されているそうだ。次回の訪問が楽…

台湾石垣-行きつ戻りつ 嵩本安意さん(1)

基隆 深い懐にいくつもの巨艦を浮かべる台湾の港町。 日本が台湾を統治していたころ、石垣島など八重山のあちこちから大勢の人たちもここから台湾に上陸し、働きに、進学にとそれぞれの目的に向かって出発し、あるいは、この港町で暮らしました。石垣島から…

「はるかなるオンライ山」の試写

台湾人の姿 先輩のジャーナリスト、藤野雅之さんからメールをいただいた。24日に東京の台湾文化センターで開かれたドキュメンタリー映画「はるかなるオンライ山」の試写に参加なさったとのこと。 taiwanokinawa.hatenablog.com 藤野さんとは、2007年10月に台…

台湾のオリオンビール

「この一杯のうまさのために。」 あのときは、まったくいいタイミングでした。 7月下旬、とある仕事の視察で台北を歩いていた時のこと。その日最後の訪問先は台湾総督府の松山煙草工場をリノベーションした松山文創園区で、最近の台湾を象徴するようなデザ…

「ネコ村」と台湾映画(下)

「九份のようだ」 呉念真のエッセー「另一個九份」がいつ書かれたかははっきりしないが、侯硐がネコ村として名を馳せる前であることは間違いない。エッセーは「侯硐は十数年前の九份のようだ」と綴られ、閉山から十数年たった九份が「大勢の人によって名を知…

「ネコ村」と台湾映画(中)

夫を探しに 「無言的山丘」が呉念真のエッセー「另一個九份(もう一つの九份)」に登場するのは、侯硐にある一つの伝説に触れた部分である。 この伝説は、金鉱を探しにきた2人の日本人男性が主人公。一方の男性は亡くなり、もう一方がその遺骨を日本に持ち…

「ネコ村」と台湾映画(上)

「無言的山丘」 沖縄と台湾の関係を語るうえで欠くことのできない映画に1992年の台湾映画「無言的山丘」(王童監督、英題「Hill of No Return」)がある。邦題を「無言の丘」というこの作品では、金鉱として栄えた台湾北部の金瓜石やそのすぐそばで繁華街と…