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台湾沖縄透かし彫り

沖縄を歩いていると、台湾のことを感じることがあります。とりわけ、石垣島などの八重山地方では、そのまんまの台湾に出会ってしまうこともあります。では、台湾へ行ったらどうでしょう。やはり、沖縄を感じることがあり、かつて石垣島から移り住んでいった人たちと足跡を見付けることもあります。だけどそれは、薄皮を一枚剥いだようなところに隠れていることがほとんどなのです。

 沖縄を歩いていると、台湾のことを感じることがあります。とりわけ、石垣島などの八重山地方では、そのまんまの台湾に出会ってしまうこともあります。では、台湾へ行ったらどうでしょう。やはり、沖縄を感じることがありますし、石垣島の痕跡を見付けることもあります。だけどそれは、薄皮を一枚剥いだようなところに隠れていることがほとんどなのです。深く掘りすぎると、原形をとどめなくなってしまうかもしれませんね。元の姿をとどめつつ、だけど、内側に潜むものもちゃんと見える。そんな透かし彫りの方法で、台湾と沖縄を見ていきましょう。   松田良孝のページ | Facebookページも宣伝

台湾レトロな「サトちゃん」

読谷でガンバッテイル薬局

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 読谷村で用事を済ませ、さて帰ろうかとバス停の周辺を見回したところ、ガンバッテイル薬局を発見しました。「やまびこ薬局」というお店です。

 佐藤製薬のサトちゃんが2人、サトコちゃんが1人、エスエス製薬のピョンちゃんが2人というラインナップで、店の前の県道6号線を行き交う人々に笑顔を振りまいているのです。2人いるサトちゃんのうちの1人はコインを入れると動く式の「サトちゃんムーバー」で、「ご利用の子連れのお客さん サトちゃんはサービス 50円」とあるので、これはもしかしたら、通常は百円だけど、半額でいいよ、という割引のことなのかもしれない。

台南のレストラン

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 ちょうど先月の今ごろ、もうひとつ別のところでサトちゃんとサトコちゃんを見る機会がありました。台湾の台南にあるレストラン「筠馨居」でのことです。客室と区切って設けられたそのスペースには、映画のポスターやアナログ系のおもちゃ、黒電話、台湾産飲料のブリキ看板など、日本の統治が終わった後の台湾で人気があったらしいものが並び、赤いヘルメットでお馴染みの「大同寶寶」もいっぱい。壁には国民党独裁のころに台湾のあちこちで見られた「保密防諜人人有責」といったスパイ防止標語もありました。

 サトちゃんやサトコちゃんが、そのなかにいるのです。

 日本のお薬やキャラクター、アニメに台湾で人気があることは周知の通りで、台湾にあっても驚くことはありませんが、「筠馨居」で同じ空間を共有しているのは「台湾レトロ」とでも呼びたくなるような、日本統治後のモノばかり。

 もしやと思って調べてみたところ、サトちゃんの誕生日は1959年4月10日で、サトコちゃんは1982年。予想通り、どちらも戦後世代です。ちなみに、ピョンちゃんはサトちゃんよりも年上で、初代ピョンちゃんが世に送り出されたのは1952年。「やまびこ薬局」の2人のうち、1人は両手を上げたポーズから1979年生まれの7代目「スーパーピョンちゃん」と判明しました。

「懐かしさ」はどこへ?

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 「筠馨居」のスペースに来る人たちは、サトちゃんやサトコちゃんが佐藤製薬という「日本の」企業のキャラクターであることを知っているのでしょうか。残念ながらそれは分かりません。

 日本の台湾統治が終わって70年が経ちます。日本統治時代を知る人が減り、台湾の人たちが感じる「懐かしさ」も統治後の風景へと移っていこうとしているのでしょうか。そのなかに「日本」はどのように組み込まれるのか。この先、20年、30年と過ぎていくうちに、「サトちゃん」はアニメキャラなどに取って代わられるのか。その変化は、知らぬ間にシミが広がっていくように、ひそやかで静的なものなのか。あるいは、静的でも動的でもなく、ネット時代を反映した「瞬」的なものなのか。

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