葉タバコの乾燥施設
平屋が目立つ集落だけに、2階建て相当の高さを持つ三角屋根の倉は目立つといえば目立つ存在だ。来間島に初めて宿を取り、2泊3日の時間を過ごすという経験をしてみて気付いた風景である。
かつては中で薪を燃やし、収穫した葉タバコを乾燥させるのに使っていた産業遺構である。沖縄国際大学の学生が1991年9月に来間島で行った調査の報告書には次のように書かれている。
「葉たばこの乾燥には専用の倉があり、葉たばこを吊るし火であぶって乾燥させたが、今は電気が普及しすべて電気で行なわれる」
佇んで四半世紀
来間島への送電が始まるのは1969年10月。それ以降、電気を使った乾燥方式が普及していき、葉タバコ乾燥用の倉は徐々に使われなくなり、学生たちが調査で訪れた.1991年にはすべて引退していたことになる。ということは、今、来間で見ることができる乾燥用の倉は最も短く見積もっても25年は使われない状態が続いているわけだ。
この倉について直接話を聞くことができた島の人はたったの1人なのだが、その方は「昔は薪を使ってタバコを乾燥させていたが、今は使わない。しかし、(使わなくなった倉を)簡単に崩すこともできない」と弱った顔をしていた。
その敷地を別の何かに使いたいというのが島の人たちの希望であれば、そうできるような方法を考えなければならないし、倉をそのままにして第二の人生を歩ませるというアイデアがあるなら、それも悪くない。
風景に組み込まれて
どちらであるにせよ、ぽつんぽつんと頭一つだけ突き出させるようになって四半世紀以上になった退役の倉は、来間の風景に組み込まれた欠くべからざるパーツであることには違いない。
※『みんぞく』第6号(沖縄国際大学文学部社会学科小熊研究室/1992年)、下地町立来間小・中学校編『来間小・中学校九十年史』(下地町立来間小・中学校/1986年)を参照した。