幸せ・誇り・名誉
2016年1月18日に亡くなった石垣英和さん(享年86)の妻、良さん(82)と話していると、「ミョウガ」という言葉がたびたび出てきます。どう訳したらいいのだろう、この方言は。「英和が死んだ後、英和の知り合いだったという人とたくさん出会えるのはミョウガ」「英和の妻になってミョウガ」といった使い方をします。幸せとか、誇りとか、名誉といったように、ポジティブな自分をまるまんまひっくるめて表現したような言葉です。
5月17日午後、石垣市石垣にある英和さん宅をお訪ねした時には「主人にできなかったことを代理でできることがミョウガ」でした。英和さん所蔵の「沖縄籍証明書」を沖縄県平和祈念資料館に寄贈する手続きを前に、良さんはそうおっしゃいました。終戦直後の台湾でつくられた沖縄出身者組織、台湾沖縄同郷会連合会(與儀喜宣会長)が台湾で発行していた「沖縄籍証明書」は英和さん所蔵の資料以外には存在が確認されていない貴重なものです。
お披露目は2016年5月28日
「沖縄籍証明書」は今後、5月28日から開かれる八重山平和祈念館の「収蔵品展」でお披露目された後、7月をめどに平和祈念資料館に運ばれる見通しです。
筆者はこれまでにもたびたび「沖縄籍証明書」について取材をしてきたところですが、英和さんが亡くなった後としては初めて5月4日に妻の良さんよりあらためて拝見し、英和さんが関係先に寄贈することを望んでいらっしゃったご遺志をお聞きしました。その後、良さんからのご依頼もあり、筆者が八重山平和祈念館にご寄贈の意思をお伝えし、沖縄県として引き受けが可能かどうか検討を依頼しました。その結果、沖縄県平和祈念資料館に収蔵することが決まり、今回の寄贈手続きとなったところです。
糸満か、石垣か
収蔵先をどこにするのかをめぐっては、英和さんの地元である石垣島にある八重山平和祈念館にすべきという考え方と、資料の希少性などから考えてより多くの人がアクセスしやすい沖縄県平和祈念資料館にすべきという考え方がありました。
「自分たちの資料は自分たちのそばに保管しておくべき」と考えるのであれば、八重山平和祈念館こそが保管先にふさわしいということになります。糸満市にある沖縄県平和祈念資料館と石垣島は同じ沖縄県内にありますが、約500キロ離れ、海で隔てられてもいることから、石垣・八重山の人たちがたやすく足を運ぶことができないからです。
一方、英和さんが残された資料を調査や研究、教育に生かすのであれば、沖縄県全域や沖縄以外の人たちがより多くアクセスしやすい沖縄県平和祈念資料館に保管すべきことになります。
「ミョウガ」に応える
筆者は、沖縄県の担当者からの依頼で良さんのご意向を確認する作業に関与したところですが、こうした意思決定のプロセスを若干ながら垣間見たところからして、担当者は大変悩んだ末に結論を出したと考えています。
なお、良さんとしては、沖縄県の判断にお任せしたいというご意向でした。唯一無二の「沖縄籍証明書」がさまざまな形で活用され、たとえば、台湾にいた沖縄出身者の引き揚げに関する研究などに生かされることが、良さんの「ミョウガ」に応える最良の道となりそうです。