台湾沖縄透かし彫り

沖縄を歩いていると、台湾のことを感じることがあります。とりわけ、石垣島などの八重山地方では、そのまんまの台湾に出会ってしまうこともあります。では、台湾へ行ったらどうでしょう。やはり、沖縄を感じることがあり、かつて石垣島から移り住んでいった人たちと足跡を見付けることもあります。だけどそれは、薄皮を一枚剥いだようなところに隠れていることがほとんどなのです。

 沖縄を歩いていると、台湾のことを感じることがあります。とりわけ、石垣島などの八重山地方では、そのまんまの台湾に出会ってしまうこともあります。では、台湾へ行ったらどうでしょう。やはり、沖縄を感じることがありますし、石垣島の痕跡を見付けることもあります。だけどそれは、薄皮を一枚剥いだようなところに隠れていることがほとんどなのです。深く掘りすぎると、原形をとどめなくなってしまうかもしれませんね。元の姿をとどめつつ、だけど、内側に潜むものもちゃんと見える。そんな透かし彫りの方法で、台湾と沖縄を見ていきましょう。   松田良孝のページ | Facebookページも宣伝

粽と台風

破れたり裂けたりする前に収穫

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粽を包むのに使うマチクの葉を手にする浅野文雄さん
(2016年7月4日、石垣市嵩田の自宅で、松田良孝撮影)

 「台風が来てるから、早めに取っておいたんだよ」と、石垣島に住む台湾系二世の浅野文雄さん(66)が戸棚から取り出して見せたのは、粽を包むのに使うマチク(麻竹)の葉の束である。竹の葉は台風の強い風にさらされると、破れたり裂けたりしてしまい、粽を包むことができなくなってしまうというのだ。

 浅野さん宅をうかがったのは2016年7月4日のことで、その年最初の台風が発生したばかりだった。この記事を執筆している7月6日の予報では、その台風1号のため、石垣島など沖縄の先島地方は7月7日に大荒れの天気となり、そうなるとマチクも無事ではいられないというわけである。

コミュニケーションツール

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マチクの葉で粽を包む故・浅野静江さん(2012年12月13日、石垣市嵩田の自宅で、松田良孝撮影)

 2015年4月に亡くなった文雄さんの母、静江さんに、粽の包み方を見せていただいたことがある。2012年12月のことで、旧暦11月に当たる時期である。静江さんは、日本語が不得手だったせいか、私とはほとんど話をしなかったが、それは拒絶の意味ではなく、このときは粽を包む様子をみせることがなにがしかのコミュニケーションになっていた。

 そうであるからこそ、私は静江さんの逝去から1年余りたったころにご自宅で粽の葉っぱを拝見し、静江さんの手つきを思い出すことができたわけである。

竹はメディア

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マチクの葉で粽を包む故・浅野静江さんの手元

(2012年12月13日、石垣市嵩田の自宅で、松田良孝撮影)

 竹は浅野さん一家の生活と密接にかかわってきた。現在のコンクリート製と自宅を建てる前は、竹で壁を編んだり、竹で屋根を葺いたりした家に住んでいた。八重山にやってきた台湾人が竹を重宝がったのは、家や道具の材料に仕えたばかりでなく、食べることができたからという事情もある。粽についていえば、浅野さん宅では静江さんの没後も旧盆などの節目には欠かせない供え物である。

 浅野さん宅は、石垣島にある台湾系の人たちの家のなかでも、最も分かりやすい形で台湾風の造りが残されている。このため、その保存や活用を模索する動きが出ている。八重山に暮らす台湾人たちの生活を伝えていくうえで、竹は媒体になりうる。粽を作ったり、食べたりといった体験を交えれば、八重山の台湾人たちがぐっと身近になるだろう。 

taiwanokinawa.hatenablog.com

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