どこでもご飯を食べる人たち
台湾を初めて訪れるという知人とともに台湾の高雄から新幹線を利用した時のこと。ちょうど昼飯時だったこともあり、列車の出発を待つ人たちが食事をする光景が駅構内のあちこちでみられたのだが、知人は「ほんとうに、どこでもご飯を食べるんですね」と言った。
私と知人が住んでいる石垣島では、台湾からやってくる観光客がスーパーで総菜や弁当を買い、スーパーのベンチですぐに食べる行為が話題になることがある。大抵は「どこでもご飯を食べてしまうマナーの悪い台湾人」という文脈で語られるのだが、それはとんでもない誤解で、台湾では買ったものをすぐ食べることは珍しくなく、それがマナー違反とされるなんてとんでもない。初めて台湾にやってきた知人は、それまで「マナーの悪い台湾人」と決めつけていたわけでは決してなく、買ってすぐ食べる人があちこちにいる様子を自分の目で確かめて「ほんとうに」と言ったのである。
「郷に入れば郷に従え」?
暮らしにまつわるルールやマナーを云々するのは簡単なようで、実はたやすいことではない。「イレズミと日本人」(平凡社新書、2016年)の筆者、山本芳美さんは同書の中で「「郷に入れば郷に従え」とばかりに、国内の客の反応ばかりを鑑みてイレズミやタトゥーのある外国からの観光客を締め出そうと図るのではなく、世界的にイレズミやタトゥーが流行している状況を理解し、受け入れる努力をする必要がある」(179ページ)と述べる。前述の「ご飯のマナー」に限らず、外国から観光客がやってきた場合、受け入れる側とやってくる側との間に一定の溝が生じるのはやむを得ず、その溝をどのように埋めるべきかが問われているということである。
とはいえ、同書が指摘するように、イレズミやタトゥーには反社会的な団体との関連をイメージさせるものがあり、その点では「ご飯のマナー」とは異なる。
銭湯で一緒になったイレズミの人
山本さんが盛んに言及している映画についていえば、私の場合は「トラック野郎」の菅原文太が印象に残っている。画像検索で探してみると、菅原文太は背中一面に彫り物を背負っていたり、肩に「★一番星」とチャラく彫り込んでいたりする。やくざモノに出演していた菅原文太とは違い、ソフトタッチのイレズミである。
本物のイレズミを目にしたのは、大学生のときである。風呂のないアパートなど当たり前だったころのことで、近くにある銭湯の世話になっていた私は、背中にイレズミを入れた人と一緒になったことがある。おそらく、その筋の人であろうと思うのだが、つまりそう思ってしまうイメージが私にはあった。
そんなイメージは、今はまったく残っていないと強弁するつもりはないが、肌に広くタトゥーを入れている友人もできて、イレズミ=反社会的と考えることはなくなったといっていい。
知る人ぞ知る、の筆者
筆者の山本芳美さんは沖縄と台湾のイレズミを研究して学位を取った方だが、私も台湾と沖縄の関係に浅からぬ関心を持っていることがあって、知り合せていただいた。夏になると、山本さんが勤務先の大学の学生たちに石垣島の明石地区で合宿を行わせるのは、知る人ぞ知ることである。学生たちは、明石地区で行われる旧盆のエイサーに参加したり、運営を手伝ったりして、地元の人たちと交流していくのだ。研究に教育にと忙しく動きまわす山本さんの人柄は、いくぶんせっかちな感じもするそのしゃべり方からも見て取れるし、聞いて分かる。一般の人たちが手に取りやすい本の執筆までこなしてみせるのは、こうした人柄のなせるわざなのかもしれない。