印鑑をなくした客
「ことぶき食堂」のポーク卵=那覇市安謝183、松田良孝撮影
沖縄に住むようになって20年も経つと、島の人たちが島の言葉だけでしゃべっているのであれば聞き取れなくても当たり前と受け止められるようになる。何とか聞き取ってやろうと躍起になることはない。聴覚に力を込めていない分、神経がリラックスして、ときどき混じる「日本語」を手掛かりに話の筋が掴めたりする。
安謝橋のトンネルに近い「ことぶき食堂」でポーク卵(500円)を注文した。午後2時すぎ。客はほかに男が一人いるだけで、店の人と島の言葉でしゃべっている。昼飯時というには少し遅い時間帯だったので、食べるほうに集中することにして、ついでに開けていただけだった耳で聞くともなく聞いていると、客の男は印鑑をなくして困っているらしいということが読み取れてきた。その客が出ていった後、話を聞いたらしい心配顔の男が店に入ってくるのと入れ替わりに、私は店を出た。食事時間は10分。
同じ言葉
印鑑をなくしたのは大変なことだけれども、独りで悶々としなくてもいいのだ。沖縄島で同じ言葉をしゃべる人たちの、これが結び合いということなのだろう。