中秋節の練り歩き
港にかかる橋を越えていく練り歩きの列
=2016年9月16日、基隆市八斗子で松田良孝撮影
2016年9月16日は中秋節(旧暦8月15日)の翌日に当たり、基隆市東部にある八斗子という漁村では、土地公(台湾で広く信仰を集める土地神)を祀る福霊宮を発着点に約5キロ近くものコースで「練り歩き」(繞境)が行われた。中秋節に合わせて土地公にその年の漁獲を報告し、神に感謝する意味を持つ伝統行事だ。この日に合わせて招かれた付近の廟の神々や、神々を守護する武将「八家将」などが連なり、福霊宮の土地公は、航海安全の神としてやはり台湾で人気の高い媽祖とともに行列のしんがりを務める。爆竹は激しく鳴らされ、耳がしびれたようになってしまうほどだ。
練り歩きに登場し、立ち寄り先の福清宮でポーズを決める八家将
=2016年9月16日、基隆市八斗子で松田良孝撮影
地域の歴史・文化を伝える
この2週間ほど前、福霊宮では地元の小学生向けに郷土史の講座が開かれていた。八斗子の長老のひとり、杜清池さん(86)が講師を務め、福霊宮の成り立ちや廟の内部などを説明していく。八斗子は「杜」という名字の人たちが福建泉州からやってきて開いた村で、杜清池さんはその末裔に当たる。
日本統治下の台湾では、台湾各地の漁船で稼働していた動力付き漁船のリスト(1937年5月現在)が作成されているが、そのなかには八斗子の漁船が8隻含まれているという。そのリストのコピーを見ると、8隻はいずれも延縄漁船で、「郭」さんと「黄」さんが1隻ずつ所有しているものの、残りの6隻はすべて「杜」姓の所有だと分かる。こういった土地の成り立ちを説明していくのが郷土史講座の役割である。
八斗子で捕れた石花菜(テングサ)を使ったゼリーの試食も行われた。土地ならではの味を体験するのだ。冷やした寒天にシロップを掛け、薄切りのパイン、キウイと一緒に食べると、甘酸っぱくて頭がすっきりした。
文史工作者たち
台湾では現在、文史工作者と呼ばれる人々が各地でその土地の歴史や文化、風物などの記録・研究を続けている。八斗子の講座は文史工作者たちが中心になって運営している。
代表者の許焜山さん(61)は八斗子出身。漁民だった父親や兄たちを高校生のころまで手伝い、素潜りで石花菜やアワビを捕っていた。観賞魚用に熱帯魚を捕まえていたこともある。八斗子の人々は豊かな海で暮らしの糧を得てきたのだが、「かつては19種類の漁法が八斗子にはあったが、今はその半数はやらなくなっている。今長老から話を聞いておかないと、八斗子でどのように魚を捕っていたのか分からなくなってしまう」と許さんは心配する。
さらに、講座に小学生を引率してきた小学校の教諭に聞いてみたところ、子どもたちの親は原住民や漢人のほかに、母親が中国、タイ、インドネシア、ベトナムの出身といったケースもあり、八斗子の文化や歴史が伝わりにくくなってきているというのだ。いわゆる「新移民」の登場に伴い、子どもたちに八斗子について認識させる必要が出てきたといえる。
八斗子漁村文物館の収蔵品について説明する許焜山さん
=2016年8月26日、基隆市八斗子で松田良孝撮影
漁民文学を収集へ
許さんらは2006年、活動の拠点となる博物施設「八斗子漁村文物館」を開設した。4階建ての建物の1階80平方メートル余りのフロアに漁具や写真、漁船の模型など1000点余りを展示する。1937年5月現在でまとめた動力付き漁船のリストもここでコピーを見ることができる。2階部分は、現在は公開していないが、許さんは「漁民や漁業に関する世界の文学作品を集め、漁民文学の拠点にしたい」と意気込む。
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練り歩きを終えた土地公が福霊宮に帰ってきた
=2016年9月16日、基隆市八斗子で松田良孝撮影
9月16日の練り歩きは、5時間ほどかかって福霊宮へ戻ってきた土地公の神像を廟の中に安置する場面が一つのハイライトである。紙銭から立ち上る煙を乗り越えるようにして神像が返されていく。八斗子の文史工作者たちもその場面をカメラで追い続けていた。