人気の山
太平山の展望台=2019年12月3日、台湾宜蘭県大同郷で松田良孝撮影
2019年12月初旬の朝、宜蘭のバスターミナルに行った。太平山行きのバスに乗ろうとすると、満席で座席がもうないとのことだった。なんでそんなに混んでるのか?わざわざ平日を選んでやってきたというのに。前日の晩から世話になり、ついさきほどチェックアウトしたばかりのホテルに戻ると、カウンターの人に「太平山は紅だよ」と言われた。「紅」とは「はやっている」とか「人気がある」という意味だ。そうなのか。そんなに人気があるのか。
それはともかく、どうしようか、太平山。カウンターの人に相談すると、まずコンビニのチケット販売機で帰りのバスを確保しておいでと助言された。そうしないと、行きのタクシーを手配してみたところ、帰ってくることができないのである。このアドバイスに従い、行きはタクシー、帰りはバスという方法で無事に太平山詣でを達成することができた。ちなみに、カウンターの人はタクシーの手配で頑張ってくれた。行きのタクシーはおおむね1000元なのだが、900元(≒3300円)のところを探し出してリーズナブルな旅を演出してくれた。
タイワンヒノキの産地
トレッキングルートでは倒木がそのままになっていた
太平山に行ってみたいと思ったのは、タイワンヒノキを育む山とは、いったいどういうところなのか知りたかったからだ。2019年10月末に沖縄の首里城で火災があり、その復元に必要な木材として関心を集めることになったタイワンヒノキである。太平山はタイワンヒノキを産する山林のひとつ。台湾北東部に位置し、標高2000メートル級の山々が連なる1万2000ヘクタール超の広大な山林が国家森林公園になっている。
台湾では、日本統治期に林野開発が本格化し、太平山は阿里山などとともに三大林山のひとつとされる。1920年代から木材の伐採・搬出が行われ、日本統治が終わった後も木材の供給源であり続けた。その結果、山林の荒廃が進み、タイワンヒノキの伐採規制に至るというのがおおまかな経緯である。1980~90年代に行われた首里城の復元ではかろうじてタイワンヒノキを調達することができたが、今回の火災に伴って行われる今後の復元では木材はどのように調達することになるのか。果たしてタイワンヒノキを使えるのか。台湾の山林はこうして注目を集めることになった。
「紅」な場所
太平山国家森林公園のホームページによると、日本が台湾を統治していたころ、太平山の木材を運搬するために敷設された鉄路は総延長100キロを超えた。その一部、太平山~茂興間(延長3キロ)は観光用のトロッコ列車として1991年から営業され、2019年12月10日に初めて利用客数が50万人に達した。私はこの1週間前にトロッコ列車に乗った。確かに混雑していた。たまたま、女性のグループが団体で遊びにきていて、私はこの団体と同じ便に乗ることになったので混んでいると感じたのかもしれないが、バスの座席しかりである。太平山行きを決めたのが訪問日の数日前だったこともあって、ホテルも空きがなくなりかけており、なんとか一部屋確保したのであった。
太平山は確かに「紅」なのである。
みずみずしい森
滴があちこちで生まれていた=2019年12月4日、台湾宜蘭県大同郷の太平山で松田良孝撮影
ただ、原生林を歩いていくトレッキングコースは人影もまばらで、ほかの登山客と顔を合わせることは少ない。みずみずしい森の空気を独り占めすることができる。一歩一歩踏みしめていく足音は森に吸い込まれていくみたいだ。幹にまといついた苔のようなものに滴がいくつも膨らみ、自然の核を育んでいる。一粒一粒のこの水分がやがては川(蘭陽溪)となり、蘭陽平原を潤し、宜蘭県を台湾随一の農業地帯にしているのである。
忘れられた村
樂水地区=2018年6月23日、台湾宜蘭県大同郷で松田良孝撮影
太平山の木材を運搬する鉄道は、実際には1979年にいったん運行を停止している。それによって影響を受けたのは沿線のまちである。蘭陽溪の対岸を通る国道が鉄路に代わって幹線ルートとなり、一時は村役場が置かれてさえいた蘭陽溪沿いの樂水地区(宜蘭県大同郷)は衰退していく。樂水地区はタイヤル族の村で、近年は「忘れられた村」と敢えて自称し、2017年には一時途絶えていた豊年祭を再開するなど地域の再興に向けた動きが活発になっている。農業や土地の文化を体験する観光プログラムも行われている。
日本統治期に始まった森林開発で一時は盛り上がったものの、戦後は山林の荒廃や社会構造の変化によって衰退し、今は再興を目指しているのである。自分たちの与り知らないところで大きな変化が起き、そこから数歩遅れる形で対応していくほかなかった人々の姿が「忘れられた村」というフレーズに刻まれていた。太平山の林業開発は、麓で営まれる暮らしに今も影響を与えていた。
2019年12月20日付の「沖縄タイムス」と「琉球新報」は、范振國・台北駐日経済文化代表処那覇分処長の発言を引用しながら、首里城復元に対するタイワンヒノキの提供について「検討する」「前向き」などの見出しで伝えた。沖縄にとって台湾が隣人であるのと同様に、台湾にとって沖縄は隣人である。困っている隣人に手を差し伸べようとする行為は、台湾では力みなく行われる。首里城の復元に向けてタイワンヒノキを提供することは、台湾で法規制があったとしてもありえないことではないと思う。タイワンヒノキの森が歩んできた百年の歴史を知り、少し違った角度から首里城復元の意義を見詰め直すよすがとしたい。