2015-11-01から1ヶ月間の記事一覧
台湾人の姿 先輩のジャーナリスト、藤野雅之さんからメールをいただいた。24日に東京の台湾文化センターで開かれたドキュメンタリー映画「はるかなるオンライ山」の試写に参加なさったとのこと。 taiwanokinawa.hatenablog.com 藤野さんとは、2007年10月に台…
「この一杯のうまさのために。」 あのときは、まったくいいタイミングでした。 7月下旬、とある仕事の視察で台北を歩いていた時のこと。その日最後の訪問先は台湾総督府の松山煙草工場をリノベーションした松山文創園区で、最近の台湾を象徴するようなデザ…
「九份のようだ」 呉念真のエッセー「另一個九份」がいつ書かれたかははっきりしないが、侯硐がネコ村として名を馳せる前であることは間違いない。エッセーは「侯硐は十数年前の九份のようだ」と綴られ、閉山から十数年たった九份が「大勢の人によって名を知…
夫を探しに 「無言的山丘」が呉念真のエッセー「另一個九份(もう一つの九份)」に登場するのは、侯硐にある一つの伝説に触れた部分である。 この伝説は、金鉱を探しにきた2人の日本人男性が主人公。一方の男性は亡くなり、もう一方がその遺骨を日本に持ち…
「無言的山丘」 沖縄と台湾の関係を語るうえで欠くことのできない映画に1992年の台湾映画「無言的山丘」(王童監督、英題「Hill of No Return」)がある。邦題を「無言の丘」というこの作品では、金鉱として栄えた台湾北部の金瓜石やそのすぐそばで繁華街と…
2015年11月19日に猫がいた場所に、今度は2匹。 こんなに天気がいいのに、わざわざ日陰にと思わないでもありませんが、もしかすると、風があんまり強いから、窪みを選んだのかな。
台南の駅 番子田(ばんしでん)駅は日本が台湾を統治していた時に台南にあった駅の名前で、今は「隆田」という名前になっている。 先月下旬、台南から北上していた私は台湾新幹線ではなく在来線に乗っていて、ぼんやりと車窓を眺めていたのだが、たまたま隆…
那覇に菊元を思う 那覇市歴史博物館で「『昭和のなは』復元模型」を見ていて、日本が統治していたころに台北でオープンした菊元百貨店のことを思い出した。 戦前の昭和期、那覇も台湾もどちらも訪ねたことがあるという与那国島の女性からお話をうかがってい…
読谷でガンバッテイル薬局 読谷村で用事を済ませ、さて帰ろうかとバス停の周辺を見回したところ、ガンバッテイル薬局を発見しました。「やまびこ薬局」というお店です。 佐藤製薬のサトちゃんが2人、サトコちゃんが1人、エスエス製薬のピョンちゃんが2人…
沖縄都市モノレールができて、便利になったと思う。しかし、定時性が生命線なので、どうしても沖縄らしさとはズレてしまう。沖縄の人は、集まりが時間通りに始まらないことを、時に誇らしげに語る。その誇らしさがあるうちは、定時性はありがたいものではあ…
定位置に姿なし 2015年11月17日の「猫ですが、ねているわけではありません」でお知らせした「別宅」についてです。 その日は、最近少し気になりだしているアーケード街2階の喫茶店を訪ねる前に卸屋さんの前を通り、ネコどもが大学生ぐらいの若者たちに取り囲…
日本語で通す 驚いたのは、外で行列にしている客に日本語が通じようが通じまいがお構いなしに、店員が「何名様ですか」と日本語で尋ねていること。そして、台湾、中国、香港、韓国などから来たとおぼしき客たちがほとんど例外なく質問の内容を理解し、指を使…
腕立て伏せをする回数を少し増やした。
いつも見かけるヤツ。カメラを向けたら、爪を出したり引っ込めたりした。目は少しだけ開けたようだが、はっきりとは確認できず。
かつて台湾にヒノキの山を持っていたという与那国島の人が、出身地の祖納に建てた家には、レトロな風合いのタイルをはめ込んだヒンプンと塀が残っています。与那国島と台湾は最も近いところで111キロしか離れておらず、人々が頻繁に行き来した時代があっ…
平日の午前中。 那覇にあるセルラースタジアム前の歩道橋は、人なんかまったくいなかったのに、沖縄本島北部から学校のマイクロバスが停まって、子どもたちが降りてきて、歩道橋をいい具合に埋めていった。
「新年快楽」 少し気が早いかもしれませんが、新年のごあいさつの練習。 台湾なら「新年快樂」。 中国大陸なら「新年快乐」。 どちらも日本語でなら「新年快楽」。 よく知られていることですが、台湾や香港で使われる中国語の漢字は「繁体字」で、中国大陸な…
台湾らしい、複雑な美味 中には冬瓜や茸が入っていると聞けば納得です。 「鴛鴦(オシドリ)」味は楽しみに取っておきます。
秋空 10日ほど前のことになりますが、石垣から那覇へ向かう飛行機から東平安名崎が見えました。いつもなら、宮古は進行方向左手に見えるのですが、島の隅のほうが左側にはみ出しているときがたまにあります。 晴天で、雲がいい具合に散っていました。
牧志で見かけたネコ。ずっと寝ている。考えているという説もあるが、どうなのかな。
第2位 コザのアーケード街で見つけた看板。 沖縄市の在留外国人は1271人。 最も多いのは米国人の476人(37.5%)で、これに次いで多いのはフィリピン人の278人(21.9%)。ちなみに中国人は98人(7.7%)、台湾人は32人で2.5%。(法務省 2015年6月)
ぐったり 沖縄なんだから多少暑くても文句は言えないが、それにしても暑いなぁという陽気だった日。車の下に寝転んでいるネコにレンズから眺めていると、なんだかお腹の動きが不自然。少し息が荒いようでした。
赤ん坊 数え97歳の長寿を祝うのがカジマヤーだが、12歳×8=96歳+数え歳の1=97歳である。 その「カジマヤー」を題名とした写真作品を県立博物館・美術館で観た。沖縄県芸術文化祭の展示会でのことである。最終日の滑り込み。 人のパーツを円形にくりぬいた…
「好彩頭」という縁起物。島に寄港する台湾からのクルーズ船のカジノで配られているものだとか。クルーズ船の乗客たちは、島ではよく知られた存在だが、船内でどんなふうに過ごしているのか私は知らない。「好彩頭」は船内の様子をイメージさせるアイテムに…
ライティング次第 台湾で品種改良された熱帯魚というものを初めてみた。名前は「Parrot fire cichlid」。那覇で開かれている金魚の展示会でのことである。 「金魚」といえば、思い浮かべるのは赤と白の組み合わせである。しかし、随分と凝った照明のため、極…
石垣市と台湾の蘇澳鎮が姉妹都市締結20周年を迎えた。自治体間の国際交流とはどうあるべきなのか。花蓮との交流が30年を超える与那国町のケースから何を学ぶべきか。
気になっている壁の絵と文字。
台湾東部の宜蘭県蘇澳鎮に、冷泉を生かした高級リゾートがある。日本統治時代には、台湾と沖縄・八重山の間を結んでいた蘇澳の漁港「南方澳」も姿を変えていくことになるのか。時代は移ろう。とはいえ、豊かな海産物資源は南方澳の魅力であり続けるに違いな…
ドキュメンタリー映画「はるかなるオンライ山」が11月24日に台湾文化センター(東京虎ノ門)で上映されます。パイナップルを切り口にして八重山・沖縄と台湾の交流描いた作品です。
外国人観光客が那覇市内の路線バスに乗ってきた。運転手の対応は?外国語って、どこまで必要なの?