「オバマの広島訪問と同じ」
台湾の李登輝元総統(93)は2016年7月30日、初めて訪れた沖縄県石垣島で名蔵ダムの台湾農業者入植者顕頌碑に足を運び、台湾からやってきた人々が八重山にパイン産業を根付かせる端緒をつくったことなどを挙げ、「一人の台湾人として誇りに感じている」と述べました。石垣島を含む沖縄県の八重山諸島と台湾の間を人やモノが往来してきた歴史については、このところ徐々に関心を呼んでいると感じます。こうしたなかで台湾の元首経験者が八重山に足を運んだ歴史的な意義は大きく、出迎えの準備に当たってきた琉球華僑総会八重山分会の湯川永一会長(53)=南投県埔里出身=が「大げさかもしれないが、李元総統の来島はオバマ米大統領の広島訪問と同じくらいの出来事。先輩たちが歩んだ苦労の道のりを知っていただいてうれしかった」と語った言葉(2016年7月31日付「八重山毎日新聞」1面)には、ストンと胸に落ちるものがあります。
華僑総会八重山分会も対応
琉球華僑総会八重山分会の面々は今回の石垣滞在に陰に陽にかかわりましたが、とりわけ大きなイベントとなったのは台湾農業者入植者顕頌碑での応対と8月1日の晩餐会です。少ない人数と決して潤沢とはいえない資金をやりくりし、それぞれ日常の仕事をこなしながら調整を重ね、当日の対応に当たったわけですから、そのあわただしさも「オバマ広島訪問」並みの大ごとだったといえるのです。
李登輝は、1996年に行われた台湾初の直接選挙で当選した人物として知られます。石垣島に住む台湾系の人たちのなかに、政治的な立場の違いから今回の訪問に無関心を決め込む人がわずかながらいたことは事実ですが、多くは関心を持って迎えました。
母国との距離
「李登輝という人がどんな人なのかネットで調べてみて、すごいということが分かった」と気付いてイベントに参加した男性もいましたが、石垣島に住む台湾系の人たちと台湾との政治的な距離を考えると、これは無理のないことといえます。今回の訪問に合わせて、駐日台湾大使(台北駐日経済文化代表処処長)の謝長廷(70)も石垣入りしましたが、謝長廷が石垣市内のレストランで食事をしていたとき、台湾からやってきた観光客が偶然その姿を目にし、「謝長廷がいるぞ!」と沸き立ったそうです。謝長廷といえば、かつて総統候補してなったほどの人物。そして、この光景に、石垣島に住む台湾系の人たちは「謝長廷って、あんなに有名人だったんだ」と驚いたというのです。
記録に残されていない人々の往来を含めると、八重山と台湾の関係はほぼ一世紀といっていいと思います。台湾には台湾の複雑な歴史があり、これとはまた別に石垣島には石垣島の複雑な歴史があることを考えると、石垣島に住む台湾系の人たちと母国の間に溝がくっきりと横たわっているのは当然のことです。今回の李登輝訪問は、その距離を映し出しもしましたし、だからこそ、その開きをぐっと縮めるきっかけとなるかもしれません。